| 大好きな本 | |||||
| ヒコーキの心 佐貫亦男/おおば比呂司 昭和49年(1974)8月31日発行 講談社 もず | |||||
| 続 ヒコーキの心 昭和50年2月25日発行 続々 ヒコーキの心 昭和51年12月20日発行mozu | |||||
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| 光人社文庫版 | |||||
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赤い翼 リヒトホーヘン![]() |
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| ヒコーキの心 目次 1 翼の誕生から大戦間の谷間まで |
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| 千回の滑空 ライト兄弟 ややこしい機名 ドペルデュサンとスパッド 棺桶とろうそく ナンジュッセール 御家人剣法 ニューポール一葉半戦闘機 赤い翼 リヒトホーヘン 赤い被害 リヒトホーヘン 消えた伴星 フォッカーDZ戦闘機とプラッツ 空飛ぶカミソリ フォッカーD[戦闘機 二流の誇り ファルツDV戦闘機 空飛ぶコマ ジーメンス・シュッツカートDV戦闘機 由緒ある爆撃機 ゴータ重爆撃機 危険なラクダ ソッピース・キャメル戦闘機 ティぺラリーの翼 S・E・5A戦闘機 けんかカマキリ ブリストル・ファイター複座戦闘機 熱血詩人の強行飛行 ズバ高速偵察機 猿六村 サルムソンSAL・2−A2偵察機 どこにでもいるジェニィ カーチスJN練習機 線のプレゲー ブレげー19偵察機 真紅のドラム罐 ブレげー・スーパービドン長距離機 ジンクス号の最期 ジービー競争機 フライ・バイ・ワイヤ ボーイングP26戦闘機 トンボ家族 ドラゴン・ラピード軽輸送機 七つの窓 ダグラスDC-3輸送機 五月の翼 航研機 アブの歯ぎしり イ-16戦闘機 七面鳥の虐殺 ユンカースJu52/3m輸送機 |
美しい中攻 96式陸上攻撃機 艦攻発進 97式艦上攻撃機 女性向きの飛行機 95式3型練習機 偉大なる妥協 アブロ・ランカスター重爆撃機 地獄から来た蚊 デハビランド・モスキート偵察機 ひるまぬドーントレス ダグラスSBD攻撃機 ネコの系図 グラマン・ヘルキャット戦闘機 雷電物語 リパブリックP47サンダーボルト戦闘機 暗殺者 ロッキードP38ライトニング戦闘機 寒い銃座 ボーイングB17重爆撃機 慈悲のカタリナ コンソリデーデットPBY哨戒飛行艇 蒼ざめたタカ S・M79爆撃機 汚らしい戦闘機 ヤク1型戦闘機 スターリングラードの救世主 ラ5型戦闘機 シュトルモビク イリューシンU-2型地上襲撃機 ツバメの変身 三式戦闘機『飛燕』 ビルマの通り魔 100式司令部偵察機 坂井三郎空戦記 大艇二代 二式哨戒偵察飛行艇 葉巻の夢 一式陸上攻撃機 天翔ける龍 四式重爆撃機 モズの孤独 フォッケウルフFW190戦闘機 コウノトリの冒険 フィーゼラー・シュトルヒ偵察機 野馬の遠乗り ノースアメリカンP51ムスタング戦闘機 ゼロ戦殺し ボート・F4U-1コルセア艦上戦闘機 凶悪の記録 ボーイングB-29重爆撃機 むなしい疾風 四式戦闘機『疾風』 熱い彗星 メッサーシュミットMe163戦闘機 薄暮のスズメ ハインケルHe162ジェット戦闘機 雲上の要塞 ボーイングB-52爆撃機 ジェットの夜明け ボーイング707輸送機 快走カラベル シュドアビアシオン輸送機 星の戦闘機 ロッキードF104戦闘機 安全ジャンボ ボーイング747輸送機 三つ星 ロッキードL-1101輸送機 大胆な塗装 ダグラスDC-9輸送機 |
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| 2 張鼓峰爆撃から大量輸送まで | |||||||
| 貴族の装い ユンカース急降下爆撃機 腰抜けハゲタカ フォッケウルフ・コンドル輸送機 死の床 ハインケルHe111重爆撃機 軽戦の思想 コードロンC714軽戦闘機 タラントの勝利 フェアリ・ソードフィッシュ艦上攻撃機 提督の帽子 ウェストランド・ライサンダー直協機 |
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葉巻の夢 一式陸上攻撃機 ![]() |
天翔ける龍 四式重爆撃機 ![]() |
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| 続 ヒコーキの心 目次 1 英仏海峡横断から海洋飛行の終末まで |
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| 自転車的飛行機 ブリレオ\単葉機 重い水と高い雲 ショート184水上偵察機 単葉嫌い ブリストルM・1単葉戦闘機 凍えるナセル デハビラントD・H・2戦闘機 空カセンス デハビラントD・H・5戦闘機 燃える棺桶 デハビラントD・H・4 D・H・9爆撃機 象印戦闘機の武勇伝 マーチンサイドG100戦闘機 血まみれの四月 アロバトロス戦闘機 ハルツにて ハルバーシュタットCLU地上攻撃機 沈むクジラ ローラントCU偵察機 折りびなのアンリオ アンリオHD-1戦闘機 ニューポールの迷機 ニューポール28戦闘機 美の原点 ブレげー14爆撃機 濃緑の甲四 甲式四型戦闘機 シャモの逆毛 グロスター・ゲームコック戦闘機 ブルドッグのあくび ブリストル・ブルドッグ戦闘機 片眼鏡男爵の逆横断 ユンカースW-33L輸送機 トロフィの護り スーパーマリンS・6B競速機 化けガ(蛾) デハビラント・モスシリーズ 美しい尻のミス・コロンビア ベランカW・B・2輸送機 合板の弾丸 ロッキード・ベガ輸送機 不運なエレクトラ ロッキード・エレクトラ輸送機 |
・ | 超エースの実在 第二次大戦エースと撃墜数 かぶら矢のマッキ マッキMC200サエッタ戦闘機 小雷電 レジャーネRe2000戦闘機 三〇〇〇の吹き矢 SA-207軽戦闘機 下駄のホーク カーチスP-40戦闘機 コブラの執念 ベルP-39エアロコブラ戦闘機 米国版シュツーカ カーチスSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機 復讐者 グラマンTBFアベンジャー艦上雷爆撃機 納屋の戸 コンソリーデーデットB-24リベレーター重爆撃機 黒の喪服 ノースロップP-61ブラック・ウィドゥー夜間戦闘機 流浪のドポワチーヌ ドポワチーヌD520戦闘機 と金の王手 ペトリャコフPe-2爆撃機 名設計者の追憶 96式艦上戦闘機 ゼロ観 零式水上観測機 嵐の前の紫電 迎撃戦闘機『紫電』 カブ物語 ティラー・カブ軽飛行機 カンベラの恩がえし イングリッシュ・エレクトリック・カンベラ爆撃機 優雅なナセル ビッカース・バイカウント輸送機 クマの思想 ツポレフTu-20爆撃機とTu-144輸送機 撓む翼の雲上ジェット ボーイングB-47ストラトジェット爆撃機 覆面の機体 U-2とA11戦略偵察機 働らき者の人助け ロッキードC-130ハーキュリーズ輸送機 雷王の腰くだけ リパブリックF-105サンダーチーフ戦闘機 幽霊の季節 マグダネルF-4ファントム戦闘爆撃機 汚れた銀河 ロッキードC-5Aギャラクシー戦略輸送機 しんきろうの金もうけ ミラージュシリーズ戦闘機 友愛の翼 フォッカーF・27フレンドシップ輸送機 スイス生まれ ピラトゥス・ポーター軽輸送機 ゲタ箱と靴ベラ ショート・スカイバンと デハビランド・カナダ・ツインオッター軽輸送機 軽いフォルム 世界の軽飛行機 ジェットのフォルム 世界のジェット・ビジネス機 壁を抜けるとき X-15超音速実験機 |
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| 2 剣の翼から超音速機まで | ||||||||
| 悲運の剣士 グロスター・グラディエーター戦闘機 無暴な複座戦 ボルトン・ポール・デファイアント複座戦闘機 戸の崇り ショート・スターリング重爆撃機 セイウチの牙 ウォールラス水陸両用飛行艇 ダンディ公の墜死 ショート・サンダーランド飛行艇 あらし一家 ホーカー・タイフーン戦闘機 青いカモメ P・Z・L・P24戦闘機 湖のほとり ビュッカー・ユングマン練習機 駆逐機の悲哀 メッサーシュミットBf110駆逐機 暗い一章 ハインケルHe177重爆撃機 足りないカン切り ヘンシェルHs129地上襲撃機 痩せたミミズク ハインケルHe219夜間戦闘機 羽根が重いツバメ メッサーシュミットMe262双発ジェット戦闘機 遠いいなずま アラードAr234双発ジェット爆撃機 |
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| 続々 ヒコーキの心 目次 1 英仏海峡の負けイヌから小型日ソ戦まで |
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| 娘のつばさ アントワネット単葉機 へそ曲がりロベール REP単葉機 直線カーチス カーチス「ゴールドン・フライヤー」複葉機 ハトの使命 タウベ単葉機 優雅な殺し ブリストル・スカウト戦闘機 アブロの武勲 アブロ504型練習機 フォッカーの誕生 フォッカーE型単葉戦闘機 |
勝てば官軍 ブリストル・ボーファイター複座戦闘機 ホイットリは鼻曲がり アームストロング・ホィットワース・ホィットリ爆撃機 恐ろしい鉛筆 ハンドレページ・ハリファックス爆撃機 続かぬつむじ風 ウェストランド・ホワールウィンド戦闘機 石頭の戦闘機 メッサーシュミットBf109戦闘機 不発の雷電 迎撃戦闘機「雷電」 |
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だれがつけたかは知らないが“空飛ぶ小便つぼ”つまりベルリン公衆便所の波板便器連想で出たあだ名は、いかにもドイツ人らしい品の悪いものであった。しかも、またパイロットたちの教授に対する反発を表わしているようでもある。・・・・ |
空飛ぶ小便つぼ ユンカースJ型戦闘機![]() |
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| 風の中のゴリアト ファルマンF-60ゴリアト輸送機 白鳥号の最後 ルバッスールPL-8長距離機 フランスの腐り始め フランス軍用機 賢明な変針 ソッピース・アトランチック長距離機 ホーカーの名機 ホーカー・ハート軽爆撃機 よき時代の旅客機 ハンドレページH・P・42、45輸送機 赤い流星 デハビラントD・H・88コメット競速機 あほうでなかったアホウドリ デハビラントD・H・91アロバトロス輸送機 ロールバッハの皮 ロールバッハ飛行艇 クジラのタコ坊主 ドルニエDoJワール飛行艇 虹の帯 アルカンシェール長距離郵便機 |
カモのきも 迎撃戦闘機「震電」 機関車は死なず ヘンシェルHe123急降下爆撃機 混血の万能機 ユンカースJu88万能機 忙しい小ミミズク フォッケウルフFw189偵察機 サン・トロンの幽霊 ドイツ夜間戦闘機エース 未練の十字矢 ドルニエDo335ブファイル戦闘機 イタリアの若タカ フィアットCR42ファルコ戦闘機 将軍の軽爆 ノースアメリカンB25ミッチェル爆撃機 鍾馗の衣 二式戦闘機『鍾馗』 雲の垂れた沖合 三菱MC-20輸送機 腰の低い直協 九八式直協偵察機 斜めの月光 夜間戦闘機「月光」 |
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助六的飛行艇 サボイア・マルケッティS55飛行艇![]() |
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| 真紅の機体 マッキ・カストルディMC-72水上競速機 自動車王の胸の内 フォード・トライモーター輸送機 足切りベランカ ベランカ“ミス・ビードル”長距離機 ワコは残った ワコ各型機 よろめきの翼 ビーチクラフト17輸送機 蘇州上空の空中戦 ボーイング複葉戦闘機 手慣れた図面 94式水上偵察機 ヒバリの九七戦 97式戦闘機 落魄のモラーヌ モラーヌ・ソルニエMS406戦闘機 嵐に挑む傘 ホーカー・ハリケーン戦闘機 スピットファイアの魔術 スーパーマリン・スピットファイア戦闘機 エリートの蛇行 エアスピード・オックスフォード練習機 |
・ | 色あやなす雲 艦上偵察機「彩雲」 国破れて銀河あり 陸上爆撃機「銀河」 音速突破イーガー ベルX-1実験機 地球を爆撃する恐竜 コンベアB-36爆撃機 細い翼端 コンベア・メトロポリタン輸送機 星座の貫録 ロッキード・コンステレーション輸送機 空の優等生 ダグラスDC-6B輸送機 運送屋の芸当 アメリカの軍隊輸送機 ミグ街道の待ち伏せ ミグ15戦闘機 サーベルの冴え ノースアメリカンF-86戦闘機 エレクトラの再婚 ロッキード・エレクトラ(二世)輸送機 黒星と妖霊星 ロッキードU-2とA11偵察機 アップダウンの727 ボーイングB727輸送機 ハトの生んだタカ ダグラスA-4スカイホーク艦上攻撃機 強行突破ジャガー SEPECATジャガー地上攻撃機 双尾の大ネコグラマンF-14トムキャット戦闘機 怒った大黒さま フェアチャイルドA-10A地上攻撃機 |
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2 フランス壊滅から新戦術機まで |
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| スズメバチの二本針 メッサーシュミットMe210複座戦闘機 |
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また軽爆といっても、最後の型は全備重量が一五トン以上もある大型機で、日本陸軍最後の爆撃機飛龍より重いから、日本の尺度では完全に重爆である。こんなことを考えただけでも日米間の戦力差が感じられる。 とにかく、B25は約一万機生産されて、第二次世界大戦のいずれの双発爆撃機よりも数は多かったが、イギリスやソ連などにも支給されたため、アメリカ空軍としてかためて使った機数はそんなに多くないが、それでも二七〇〇機ぐらいあった。・・・ |
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| 堀越さんは信じるところがあって、ゼロ戦を設計するとき、わざとこの剛性低下方式と呼ばれる、撓みやすい操縦系統を採用してみた。その結果は予想外の好成績であった。これまでの設計法によると、飛行機が低速のときによく舵が利くようにしておくと、高速のときには利きすぎる。さりとて、高速のとき利きが適当なようにすると、低速で利きが悪くなる。 剛性低下方式で設計した舵は、低速でも高速でも、操縦者が操縦桿を同じ量だけ動かすと同じような運動が始まる。これがゼロ戦のように細かい舵を必要とする機体とマッチして、あの戦果を挙げた。 戦争がすんでも、堀越さんはなんとかこの結果を学問的に解明して世に出したいと考えていた。三菱重工に勤めるかたわら東大の航空研究所に席を置き、理論的な計算を開始した。 学位論文などというものは、若いうちに片づけておくべきで、年をとればとるほどおっくうになる。よくやったものである。 堀越さんは日本航空学会の年会でその成果を講演した。そのあとに操縦者としての体験を語ってもらうために、有名なゼロ戦パイロット坂井三郎氏を招いてあった。
まず私が質問したことは、なぜ『坂井三郎空戦記録』が薄い上下の2巻になっているのかであった。答えによると、できるだけ若い少年たちに読んでもらうため、分けて買えるようにしたということだった。よく考えてある。 空戦の話に入った。敵機群の中から一機を選んで格闘戦に入るのだが、他の敵機に気が移ると、かならず失敗するという。二兎を追う者は一兎をも得ずのことわざどおりだ。また坂井さんは若いパイロットたちに、敵を射撃する直前に一度背後を振りかえって見ろと教えているが、実はそんなことをするとまず敵を逃すことになりますといった。それでも、自分が撃墜されるよりはましだからこの教訓は意味がある。 気配で背後に敵機のいることがわかりますかという質問に対しては、不可能だと断言した。剣豪が感じる殺気のようなものは空戦では存在しないらしい。 ポイントはつぎのようであった。 最初に敵機群の中から一機を選ぶとき、それと空戦を行なって仕とめた瞬間に他の敵機が自分の背後へまわりきらぬような位置にあるものを決めるという。深い合理的な読みである。 相手の腕にもよるが、水平旋回を三回もやるとまず敵機の背中に密着することができるらしい。こんなときの微妙な舵の使いかたは設計者にもわかりますまいと笑った。 よい設計者の製図板を離れた飛行機は、新しい生命を得て操縦者の身体の一部になるのだ。坂井さんの言葉を借りると、ゼロ戦の両翼端は伸ばした両手の中指のように、プロペラ・スピナの先は額のように、操縦者の意のままに運動をする。設計者にとって、これ以上の嘗め言葉はちょっとないであろう。 最後に印象に残ったのは、日本人が戦闘機乗りとして適当な人種ではないという坂井さん自らの結論だった。 これはまったく考えていないことであった。 日本人は興奮しやすくて空戦のように冷血な闘いに向かず、またあきらめやすい性質のため最後まで生き抜く執念に不足があることが原因である。 空戦に限らず、近代戦を生き抜くためには、サクラのように散ることは禁物らしい。 |
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「航空情報」(昭和30年代)付録より

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スピットファイアの魔術 スーパーマリン・スピットファイア戦闘機 |
石頭の戦闘機 メッサーシュミットBf109戦闘機 |
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| mozu | ||||||||
| スターリングラードの救世主 ラ5型戦闘機 | モズの孤独 フォッケウルフFW190戦闘機 | |||||||
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木製機の美点は、アルミニウムが不要ということよりも、生産設備が簡単でかつ大工や建具師(このような職人は戦時には壊械工や板金工より求めやすい)の手で製作できることだ。もちろん、すべての機体を木で作れなどというのではなく、せめて一社ぐらいには木製の技術を温存せよといったのである。 ラグ3型はけっして精巧な木製機ではない。それならばすぐ模倣できるだろうというと、家や家具とちがって、高度の設計基礎と製造経験が要る。だから、あわてたってすぐものにはならぬ。現にラグ3型の石炭酸樹脂を使った半強化木はなかなか年期の必要な技術であった。ソ連は無限の木材資源を考えて、戦争前からその技術を積み重ねていた。結局日本は模倣しきれないうちに終戦を迎えた。 (中略) 設計者・ラボーチキンは技術中将の資格と、レーニン章およびソビエト労働英雄金星章を受けた。 ラボーチキンはいわば、ソ連の第二次世界大戦参戦とともに宵の明星のように現われ、戦争がすむと地平線に没したのである。 1942年から1943年にかけては、スターリングラードで独ソ両軍の死闘が展開されていた。ラ5型は1942年11月大量に戦場へ投入され、ドイツ空軍のメッサーシュミットBf109に対抗して一歩も引かず、ユンカースJu87などはおもしろいくらい落として、『スターリングラードの小さい木の救世主』と呼ばれた。 (中略) La5型は・・・上昇力は劣っていたが、低空最大速度はBf109より僅かすぐれていた性能よりも、取扱いが容易で頑丈で、粗い飛行湯で離着陸できたことが決定的要素であった。エンジンが二重空冷星形M82の1600馬力であったことも冬の戦場に向いていた。外形は、大きいエンジン覆いとそれに続く細い胴休がちょっとフォッケウルフFw190を思わせる。主翼は強いテーパーで、翼端前縁にスロット翼をつけ、フォッケウルフ同様モズを連想させる。 それにしても強いモズであった。ラボーチキンの凱歌は、ソ連最高エース(連合軍を通じても最高)イワン・コエドブの62機撃墜との二重奏であった。彼は1943年3月に初出撃したのに、終戦までの二年あまりでこの戦果を挙げた。 この最高エースは、すべての超エースのように戦争を生き延びて、現在もソ連空軍の現役大将となった。ソ連第二エースはアレクサンドル・ポクリシュキンであるが、彼は59機撃墜で、第三エースのアレリユキンの40機プラス17機(他機との分担撃墜)と、三人ともラボーチキン型(ポクリシュキンは後にヤコフレフ型に転向)による撃墜王であった。 |
BMW801二重星形一四気筒エンジンを装備した機首はモズの大頭にそっくりで、大きいプロペラスピナをモズの強いくちばしと見立ててもよい。 機首から胴体がすんなりと尾部にかけてテーパーしたところもモズの身体つきをよく表現している。 (中略) 1939年春に完成した試作第一号機は、外見だけでも内方引込みでトレッドの広い脚や、きりっと引き締まった形態を持ち、扱いやすさと頑丈さがすぐ感知できる。翼面荷重はメッサーシュミットBf109とあまり違わなかったところからすると、高性能も約束されていた。ただ操縦席が低く、大頭の機首のかげにかくれて地上滑走中に前方視界が不良であったことは欠点であったが、ドイツの操縦者はがまんしたらしい。 Fw190が英空軍と遭遇したの1941年9月27日であった。英空軍がその後の短期間にわかったことは、それまでメッサーシュミットBf109EまたはF型を押さえていたスピットファイアX型より明らかに優勢な機体が出現したことであった。水平時速が20〜30キロほどすぐれていること、急降下中の安定がよいこと、旋回性が勝っていること、したがって必要なときはいつでも空戦を中止して引き上げる先手を握っていることなどがその証拠であった。このころの損害比はスピットファイアが2でフォッケウルフが1の割合といわれる。またこの優勢は1942年7月にスピットファイア\型が出現するまで続いた。もっともこれとて差を縮めただけであったから、いかにFw190の運動性がよかったかわかる。 (中略) 1943年に入って戦況が不利になると、Fw190は初め奇襲戦闘爆撃機、後には防空戦闘機として使われた。Fw190は爆撃機の作戦高度である6000メートル以上で、主にエンジンの責任であるが、性能が劣化する。その上にB17の一編隊18機に立ち向かうときは二〇〇丁以上の重機銃による抵抗を覚悟しなければならぬ。Fw190の武装は20ミリ機関砲四丁と13ミリ機銃二丁でかなり強力な火力を持っていたが、それでもB17の撃墜は容易なわざでなかった。 さらに1944年になると、北フランスのドイツ空軍基地は空襲による被害が大きくなり、海岸から次第に内陸へ後退しなければならなかった。したがって1944年6月6日ノルマンディ上陸が始まったとき、昼間迎撃のため離陸したのは、僅か二機のFw190であった。 この悲況は表現する言葉がない。史上最大の作戦に対して挑戦した健気な操縦士は第26戦闘機連隊長ヨゼフ・プリラー大佐とウォダルツキー准尉と記録されている。モズはたった二羽でワシの大群に突入した。それはドイツ空軍の緻かな存在の象徴でしかなかった。 ・・・・同時に多くのモズも傷ついてその季節は終わった。 |
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| 嵐に挑む傘 ホーカー・ハリケーン戦闘機 | 勝てば官軍 ブリストル・ボーファイター複座戦闘機 | |||||||
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ホイットリは鼻曲がり アームストロング・ホィットワース・ホィットリ爆撃機 |
恐ろしい鉛筆 ハンドレページ・ハリファックス爆撃機 |
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| 国破れて銀河あり 陸上爆撃機「銀河」 | 混血の万能機 ユンカースJu88万能機 | |||||||
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| スズメバチの二本針 メッサーシュミットMe210複座戦闘機 |
未練の十字矢 ドルニエDo335ブファイル戦闘機 |
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| 鍾馗の衣 二式戦闘機『鍾馗』 | 不発の雷電 迎撃戦闘機「雷電」 | |||||||
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| 色あやなす雲 艦上偵察機「彩雲」 | ビルマの通り魔 100式司令部偵察機 | |||||||
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| 斜めの月光 夜間戦闘機「月光」 | サン・トロンの幽霊 ドイツ夜間戦闘機エース | |||||||
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| 消えた伴星 フォッカーDZ戦闘機とプラッツ | 危険なラクダ ソッピース・キャメル戦闘機 | |||||||
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| 空飛ぶカミソリ フォッカーD[戦闘機 | 五月の翼 航研機 | |||||||
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| ジンクス号の最期 ジービー競争機 | フライ・バイ・ワイヤ ボーイングP26戦闘機 | |||||||
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| 凶悪の記録 ボーイングB-29重爆撃機 | 地球を爆撃する恐竜 コンベアB-36爆撃機 | |||||||
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| 撓む翼の雲上ジェット ボーイングB-47ストラトジェット爆撃機 |
雲上の要塞 ボーイングB-52爆撃機 |
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| ミグ街道の待ち伏せ ミグ15戦闘機 | サーベルの冴え ノースアメリカンF-86戦闘機 | |||||||
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| 星座の貫録 ロッキード・コンステレーション輸送機 | 空の優等生 ダグラスDC-6B輸送機 | |||||||
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| 遠いいなずま アラードAr234双発ジェット爆撃機 |
羽根が重いツバメ メッサーシュミットMe262双発ジェット戦闘機 |
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| 腰抜けハゲタカ フォッケウルフ・コンドル輸送機 | 腰の低い直協 九八式直協偵察機 | |||||||
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| 下駄のホーク カーチスP-40戦闘機 | コブラの執念 ベルP-39エアロコブラ戦闘機 | |||||||
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| コウノトリの冒険 フィーゼラー・シュトルヒ偵察機 | ゼロ観 零式水上観測機 | |||||||
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| 七つの窓 ダグラスDC-3輸送機 | 七面鳥の虐殺 ユンカースJu52/3m輸送機 | |||||||
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| 貴族の装い ユンカース急降下爆撃機 | ひるまぬドーントレス ダグラスSBD攻撃機 | |||||||
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| アブの歯ぎしり イ-16戦闘機 | シュトルモビク イリューシンU-2型地上襲撃機 | |||||||
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| 美しい中攻 96式陸上攻撃機 | 艦攻発進 97式艦上攻撃機 | |||||||
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| 偉大なる妥協 アブロ・ランカスター重爆撃機 | 地獄から来た蚊 デハビランド・モスキート偵察機 | |||||||
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米国版シュツーカ カーチスSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機 |
復讐者 グラマンTBFアベンジャー艦上雷爆撃機 |
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| ネコの系図 グラマン・ヘルキャット戦闘機 | 雷電物語 リパブリックP47サンダーボルト戦闘機 | |||||||
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| タラントの勝利 フェアリ・ソードフィッシュ艦上攻撃機 | 暗殺者 ロッキードP38ライトニング戦闘機 | |||||||
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| 死の床 ハインケルHe111重爆撃機 | 蒼ざめたタカ S・M79爆撃機 | |||||||
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| 慈悲のカタリナ コンソリデーデットPBY哨戒飛行艇 | 大艇二代 二式哨戒偵察飛行艇 | |||||||
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ツバメの変身 三式戦闘機『飛燕』 |
野馬の遠乗り ノースアメリカンP51ムスタング戦闘機 |
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| ゼロ戦殺し ボート・F4U-1コルセア艦上戦闘機 | 幽霊の季節 マグダネルF-4ファントム戦闘爆撃機 | |||||||
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| 暗い一章 ハインケルHe177重爆撃機 |
納屋の戸 コンソリーデーデットB-24リベレーター重爆撃機 |
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| 昭和19年(1944年)私の会社の研究所は、余分な仕事で忙しかった。それはソ満国境を越えて亡命してきたラグ(LAGG)3型戦闘機の機体構造のスケッチであった。ということは、その完全木製構造に見るべきものがあったからである。 私はその年の初めに、ソ連を経由してドイツから帰国したばかりであったが、このさまを見て少々情けなかった。もう日本が戦争に入ってから三年目になるのに、まだこんなところに穴があった。 戦時になったら、資材と労力とくに熟練工が不足することは目に見えている。それなのに、富んだ世界の金属機に注意を奪われて、木製機を全然無視した報いがいま出たのである。木製機の美点は、アルミニウムが不要ということよりも、生産設備が簡単でかつ大工や建具師(このような職人は戦時には壊械工や板金工より求めやすい)の手で製作できることだ。もちろん、すべての機体を木で作れなどというのではなく、せめて一社ぐらいには木製の技術を温存せよといったのである。 ラグ3型はけっして精巧な木製機ではない。それならばすぐ模倣できるだろうというと、家や家具とちがって、高度の設計基礎と製造経験が要る。だから、あわてたってすぐものにはならぬ。現にラグ3型の石炭酸樹脂を使った半強化木はなかなか年期の必要な技術であった。ソ連は無限の木材資源を考えて、戦争前からその技術を積み重ねていた。結局日本は模倣しきれないうちに終戦を迎えた。 ラグ3型の設計チームは、ラボーチキンを長として、ゴルブノフとグドコフの二人の設計者が協力した。横名はその頑字をとってLAGGと綴る。ラボーチキンは1900年にスモレンスクに生まれたユダヤ系ソ連人で、第一次世界大戦20年後の1965年に死んだ。そのとき彼の名をつけた機体はもう存在しなかった。 彼の設計チームは戦争中すでに二人の協力者が去って、以後の横名は単にLaとなった。ラグ3型以後にはラ15型、7型、9型、11型となり、最後(もちろん戦後)の作ジェット戦闘機ラほ型は、ライバルのミグ15型に負けた。しかし、戦時の功績は大きく、ラボーチキンは技術中将の資格と、レーニン章およびソビエト労働英雄金星章を受けた。 ラボーチキンはいわば、ソ連の第二次世界大戦参戦とともに宵の明星のように現われ、戦争がすむと地平線に没したのである。彼の出世作は、1940年に少数生産されたラグ3型よりも、1941年(ソ連参戦の年)に設計を始めたラ5型である。これは1941年5月に軍の試験をパスし、7月にはもう量産に入り、年末までに1000機を越す棟数が工場から戦場へ出ていった。金属機ならば、アメリカだってとてもこんなに順調にはゆくまい。 1942年から1943年にかけては、スターリングラードで独ソ両軍の死闘が展開されていた。ラ5型は1942年11月大量に戦場へ投入され、ドイツ空軍のメッサーシュミットBf109に対抗して一歩も引かず、ユンカースJu87などはおもしろいくらい落として、『スターリングラードの小さい木の救世主』と呼ばれた。 ラ5型は要する低空用戦闘機で、英国のスピットファイアなどと反対に、メッサーシュミットBf109に似た翼面荷重の大きい小兵な機休であった。しかし、上昇力は劣っていたが、低空最大速度はBf109より僅かすぐれていた性能よりも、取扱いが容易で頑丈で、粗い飛行湯で離着陸できたことが決定的要素であった。エンジンが二重空冷星形M82の1600馬力であったことも冬の戦場に向いていた。外形は、大きいエンジン覆いとそれに続く細い胴休がちょっとフォッケウルフFw190を思わせる。主翼は強いテーパーで、翼端前縁にスロット翼をつけ、フォッケウルフ同様モズを連想させる。 それにしても強いモズであった。ラボーチキンの凱歌は、ソ連最高エース(連合軍を通じても最高)イワン・コエドブの62機撃墜との二重奏であった。彼は1943年3月に初出撃したのに、終戦までの二年あまりでこの戦果を挙げた。その内訳は、ユンカースJu87一八機、ハインケルHe111二機、メッサーシュミットBf109一九機、フォッケウルフFw190A二二機、メッサーシュミットMe262(ジェット戦闘機!)一機である。 この最高エースは、すべての超エースのように戦争を生き延びて、現在もソ連空軍の現役大将となった。ソ連第二エースはアレクサンドル・ポクリシュキンであるが、彼は59機撃墜で、第三エースのアレリユキンの40機プラス17機(他機との分担撃墜)と、三人ともラボーチキン型(ポクリシュキンは後にヤコフレフ型に転向)による撃墜王であった。 |
フォッケウルフFw190単座戦闘機を百舌鳥(ウユルガー/モズ)という。だれが命名したか知らぬが、よくその形に似合った名をつけたものと感心する。BMW801二重星形一四気筒エンジンを装備した機首はモズの大頭にそっくりで、大きいプロペラスピナをモズの強いくちばしと見立ててもよい。機首から胴体がすんなりと尾部にかけてテーパーしたところもモズの身体つきをよく表現している。 空軍省がフォッケウルフ社にFw190の設計を命令したのは1937年秋で、その一年半前にメッサーシュミットBf単座戦闘機が空軍に配付されている。星型エンジンつきの単座戦闘機を設計させたのは、強制冷却や鋼板クランク室の新設計を盛ったBMW801が充分戦闘機用として成功する見とおしがあったからであろう。あのころ、ベルリンの日本武官室でBMW801型はまぼろしのエンジンともいうべき存在で、私などはその爪の垢でも煎じて飲めといったけんまくで話を聞かされた記憶がある。 1939年春に完成した試作第一号機は、外見だけでも内方引込みでトレッドの広い脚や、きりっと引き締まった形態を持ち、扱いやすさと頑丈さがすぐ感知できる。翼面荷重はメッサーシュミットBf109とあまり違わなかったところからすると、高性能も約束されていた。ただ操縦席が低く、大頭の機首のかげにかくれて地上滑走中に前方視界が不良であったことは欠点であったが、ドイツの操縦者はがまんしたらしい。 Fw190が英空軍と遭遇したの1941年9月27日であった。英空軍がその後の短期間にわかったことは、それまでメッサーシュミットBf109EまたはF型を押さえていたスピットファイアX型より明らかに優勢な機体が出現したことであった。水平時速が20〜30キロほどすぐれていること、急降下中の安定がよいこと、旋回性が勝っていること、したがって必要なときはいつでも空戦を中止して引き上げる先手を握っていることなどがその証拠であった。このころの損害比はスピットファイアが2でフォッケウルフが1の割合といわれる。またこの優勢は1942年7月にスピットファイア\型が出現するまで続いた。もっともこれとて差を縮めただけであったから、いかにFw190の運動性がよかったかわかる。 英空軍パイロットにとって憎たらしいこのモズが、誤って英国基地に着陸するという珍事件が発生したのは1942年6月23日の夜のことであった。機体はFw190A-3型で、製造番号313、操縦士はドイツ空軍のアルニム・ファーバー大尉であった。別に横休が損傷していたわけでもなければ、ドイツ戦闘機第二連隊の副官を勤めていた武勲のあるこのパイロットが脱走したのでもない。結局のところ、英本土上で空戦をした後にブリストル水道を英仏海峡と誤って、北フランスのドイツ基地へ着陸したつもりだったらしい。 とにかく無傷のFw190が手に入ったので英空軍は徹底的に試験をしてみた。そのデータは貴重で、英空軍の認識を改めさせたほどであった。ファーバー大尉はとんだところで英空軍に貢献した。 1943年に入って戦況が不利になると、Fw190は初め奇襲戦闘爆撃機、後には防空戦闘機として使われた。Fw190は爆撃機の作戦高度である6000メートル以上で、主にエンジンの責任であるが、性能が劣化する。その上にB17の一編隊18機に立ち向かうときは二〇〇丁以上の重機銃による抵抗を覚悟しなければならぬ。Fw190の武装は20ミリ機関砲四丁と13ミリ機銃二丁でかなり強力な火力を持っていたが、それでもB17の撃墜は容易なわざでなかった。 さらに1944年になると、北フランスのドイツ空軍基地は空襲による被害が大きくなり、海岸から次第に内陸へ後退しなければならなかった。したがって1944年6月6日ノルマンディ上陸が始まったとき、昼間迎撃のため離陸したのは、僅か二機のFw190であった。 この悲況は表現する言葉がない。史上最大の作戦に対して挑戦した健気な操縦士は第26戦闘機連隊長ヨゼフ・プリラー大佐とウォダルツキー准尉と記録されている。モズはたった二羽でワシの大群に突入した。それはドイツ空軍の緻かな存在の象徴でしかなかった。 1945年新年の日650機のFw190がすでに内陸へ進攻した連合軍基地を奇襲した。雪に覆われた土地を探しあてるには未熟な操縦士ばかりで、Ju88に乗った熟練航空士が先導しなければならなかった。それでも多数の連合軍機を地上で破壊炎上させた。同時に多くのモズも傷ついてその季節は終わった。 |
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